小笠原流では、「畳の縁は踏まないにこしたことはないが、踏んでも許される」としています。何十畳もの座敷を歩いているうちには歩幅をいくら調整しても必ず縁に足がかかる場合が出てくるからです。
それでは、「縁を踏んではいけません」という作法はなぜ生まれたのでしょうか。
この作法が生まれたのは、足利幕府の礼法として小笠原流が整ってきた頃です。当時、将軍や主君、お客などに膳を運ぶとき、料理に息が吹きかからないように目の高さまで膳を捧げて運びました。そうすると、自分の足元が見えないままで歩くことになります。昔の御殿の畳の縁は分厚いものが多く用いられており、つまづいて転んだり、膳をひっくり返したりでもしたらそれこそ大変でした。そのため、つまづかないように畳一畳の縦を男子は三歩半、女子は四、五歩で歩くという作法が生まれたのです。
また、“畳結界説”という考え方もあります。「結界」とは仏教用語で聖地と俗地を隔てる境界という意味です。“畳結界説”では、一般の人が座る畳と貴人が座る畳は区別し、縁はその境目にあたる結界と考えます。結界である縁を踏むと、それまで端然と保たれていた空間の格式が崩壊すると考えられていました。日本人の祖先は、日常にもこうした空間の秩序=精神的なプライバシーを保つための境界を取り入れていたのです。
このように、「畳の縁を踏まない」というのは、個人の精神の尊重と、つまづかないようにという合理性を合わせもって一つの作法となったのです。
足元に注意して歩くことは今に通じますし、個人の精神を尊ぶ意味で、畳の縁は踏まない方がベターといえますが、縁を踏まないようにと気を遣えば、かえって動作がぎこちなくなってしまい、足元が乱れてしまいます。足元の乱れは、動作する側の心の乱れをあらわしますので、心と結びついた作法にかなうとはいえません。“形”だけを身につけようとするのではなく、その“心”を理解することが大切です。