ふすまの開け閉め
 日本の稽古事を習うにあたって、最初に教えられるのがふすまの開け閉めです。小笠原流では、「まず開けようとするふすまの正面に座り、柱に近い引手に、引手に近いほうの手をかけて、自分の手のひらが入る程度に少し開け、その手で下から30cmぐらいのところを持って、中央まで開け、反対の手で残った部分を全部開けます」と、3度にふすまを開ける方法を教えています。

 個人のプライバシーが尊重されている欧米では、各部屋に頑丈なドアが備えつけられ、鍵もついています。部屋のなかでは何をしても、見られも聞かれもしません。そのため、日本を訪れた欧米人は、薄っぺらい仕切りをみて、習慣の違いと分かっていても、プライバシーと安全性に欠けていると感じているようです。

 しかし、アメリカの動物学者エドワード・モースは、明治初期の日本人の正直さを示す好例として、著書のなかで「日本人が正直であることの最もよい実証は、3千万人の国民の住家に錠や閂はおろか、錠をかけるための戸すらないことです。昼間はついたてを使いますが、10歳の子供が壊せるほど弱いものです」と述べ、ふすまの価値を認めています。

 3度にふすまを開ける方法は、この信頼を維持するために考え出されたものです。ふすまを最初に数cmしか開けないのは、中にいる人に「これからふすまが開きますよ」という予告なのです。そこから中程まで開けることにより、あまり邪魔することなく、室内の様子がある程度把握できます。最後に反対の手で全部開けるのはその方が実用的だからなのです。

 ふすまを開けた後は、膝で滑るようにして部屋に入ります。それから向きを変え、正座したままふすまを閉めます。

 このようにすることで、部屋の中にいる人の心を察することによって、障壁としてのふすまの弱さを補い、さらにお互いの信頼を深めることができるのです。

 もちろん今の世の中では、この3度にふすまを開ける方法は、伝統的な茶会の席などの正式な場でしか用いられません。日常生活で用いますと、もったいぶった嫌みになってしまいます。礼儀正しいどころか、恥をかくことになるかもしれませんし、感心させようとしている相手も対応に困ってしまうかもしれません。こんなときは、「失礼します」と一声かけるだけで十分です。


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