葬儀の心
 日本人にとっては祖先が死後、神になるという考えや死者は極楽浄土、もしくは地獄に行くという考えも比較的新しいもののようです。

 奈良時代以前は、人間の生命は親子という血のつながりによって絶えず一節に続き、受け継がれるものと考えられていたため、人の死後を弔いまつるという意識はそれほどなかったようです。

 仏教伝来後、先祖の霊は祖霊として私たちを見守ってくれると信じられるようになりましたが、死後すぐに霊は神格化されるわけではありません。

 現在多くのマナー書では、年回忌の打ち切りを十七回ほどとしていますが、これは誤りです。実際は三十三回忌か五十回忌が打ちきりとなります。なお、年回忌には一周忌の後三、七、十三、十七、二十三、二十七、三十三、五十、百回忌があります。三回忌以降は死んだ年を入れて数えます。

 死霊は年数を経るにつれて個性を失い“ご先祖様”とか“みたまさま”と呼ばれて祖霊の仲間入りをして敬われるのです。

 死は新しい旅立ちともいえます。死は避けられない運命であるだけにただ悲観するだけではなく、自らの生命は子孫のなかに脈々と息づき、その繁栄を見守り加護する霊となるとした、古代人の死生観を葬儀や年回忌といった営みのなかに見直す必要があるでしょう。

焼香の作法


 焼香の作法は宗派によってさまざまです。小笠原流では、「香包みを懐中しながら、仏前2メートルほどの位置で合掌礼。香炉台の前に進み、香包みを取り出し、右手で左の掌の上に広げ、香をつまみ、目の高さまで持ち上げ、念じて、香炉にたく。一回でもよし」としています。

 回数を一回でもよいとしているのは、真摯な祈りを一心に捧げることができればそれでよいからです。回数や方法よりも大切なことは、仏前を美しく清らかに荘厳する心の深さなのです。

本来、香は持参するもの
でしたが、現在ではその
かわりに「香料」として
現金を持参します。
数歩手前で合掌礼
して進み、香をつ
まみます。
目の高さまで香を
持ち上げて一心に
念じます。
しずかに香炉へ
落とします。
合掌礼して、数歩後
ろへ下がり、ひらい
て回り、帰ります。


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